現実空間とは別の「もう一つの世界」、メタバース。「単なるバズワード」と、その可能性に目を背けてしまうのは得策ではない。新たな世界でどんなビジネスチャンスが生まれるのか。本連載では、新刊『メタバース未来戦略 現実と仮想世界が融け合うビジネスの羅針盤』(日経BP)より、来たるべくメタバース時代に向けた多角的な視座を与えてくれる6人のキーパーソンインタビューをお届けする。(日経クロストレンド編集部)
新型コロナウイルス禍の2020年5月からバーチャル空間サービス「cluster(クラスター)」で始まった「バーチャル渋谷」。22年2月からは「バーチャル大阪」の本格展開を始めるなど、XR(クロスリアリティー、仮想現実・拡張現実などの総称)やメタバースの取り組みで先行するKDDI。同社も所属する「バーチャルシティコンソーシアム」を通じて、22年4月には商業ベースの都市連動型メタバースを想定した「バーチャルシティガイドライン ver.1」も公開した。通信会社が描くメタバースの現在と未来とは。(聞き手は、『メタバース未来戦略』著者の石村尚也、久保田瞬)
KDDI 事業創造本部 副本部長

タイムリミットは3年。今のメタバースは何が足りないのか
セカンドライフよりも持続可能なサービスにするために、メタバースにはどんな要素が必要でしょうか。
中馬和彦氏(以下、中馬) 例えば、今なら「Decentraland(ディセントラランド)」や「The Sandbox(ザ・サンドボックス)」が注目されています。私は両方ともWeb3ネーティブというか、経済圏ファーストのプラットフォームだと思っていますが、それ以前に、ユーザーが楽しめる、メタバースでの生活に浸れるというユーザービリティー面のクオリティーが現状は低いと感じます。
もちろん、我々も次世代のサービスではWeb3との融合、つまりNFT(非代替性トークン)やトークンエコノミーが標準仕様として入っているべきだと考えています。しかし、それよりも優先順位が高いのは、「Fortnite(フォートナイト)」や「Apex Legends(エーペックスレジェンズ)」などの人気ゲームに負けないユーザービリティーのサービスを実現すること。そのうえで、ゲームのようなクローズド環境ではなく、オープンな環境にすることが最重要だと思っています。その先に初めて経済活動が生まれる。この順番だけは間違えないようにしたいですね。
現状では、「ユーザーがメタバースやバーチャル空間内の活動に浸り始めている」という実感はありますか。
中馬 まだ正直ないですね。これからだと思います。バーチャル渋谷に関しても、個人的には本来あるべき姿に対して5%くらいの完成度だと思っています。22年中には新しいバージョンをリリースする予定で、次は50%を超える完成度を目指したいですね。
これが100%に近づくのは、3年後の25年が目安になります。本当は5年計画ぐらいでやりたいのですが、インターネットの世界は日々変わっていきますし、5年も先のことは本当に分からない。逆に3年である程度のレベルに至れないようだと、今思い描いているものはおそらく実現できない。そう考えています。
感覚的には、25年の段階で今の「Yahoo! トップ」ぐらいの存在にならないといけないのではと思っています。老若男女、あらゆる人が日々大勢集まる場をつくるということです。
理想の状態から逆算して、現状で足りていないことはなんでしょう。
中馬 まず、やらなければならないのはユーザーの同時接続数・同時表示数の強化です。街である以上、周りを見渡したときに人が大勢いて、にぎわっている状態でないといけない。現状ではここが決定的に足りていない。2つ目は操作性。臨場感も含めた操作性を世にあるゲームと同レベルまで上げないといけない。
そして3つ目は、単純にメタバースというのではなく、Web3とどう絡めていくかだと考えています。皆が言う「デジタル経済圏」をつくれるかどうかは、デジタルオブジェクトの所有という、ある種の聖域に踏み込めるかどうかにかかっています。これが実現できないと、ゲーム+αくらいの存在にしかなれないでしょう。今後は、バーチャル空間をつくることだけではなく、その中でのルール作り、法整備なども含めてかなり時間がかかると思います。
現状、XRの技術で日本は世界に先んじている分野もあるくらいですが、Web3の領域では完全に出遅れています。Web3の世界は、要するに「インターネットサービス×金融」のビジネスモデル。だから、実現すればインパクトも大きい。単なるインターネットビジネスであれば民間企業が自由にやればいい話かもしれませんが、経済圏や経済流通そのものを握られてしまう可能性があるので、そこに関して政治家も国も危機感を持つべきだと思います。
そういう点で、国や自治体に求める政策や支援策はありますか。
中馬 デジタル所有権や税制の問題など、メタバース普及のための障壁を取り除いてもらうこと、また、メタバース促進のための政策を打ち出してもらうことでしょうか。これらの問題が解決すれば参入企業のインセンティブも働きますし、Play to Earn(プレイ・トゥ・アーン:ゲームをプレーしながら稼げる仕組みのこと)もはやると思います。「1億総Web3ゲーマー」という世界も、全くの夢物語ではない気もします。